掟光寺とは?

 正式には 雑明山 掟光寺(ぞうみょうざん・じょうこうじ)今から約500年前に建てられたお寺です。

 

 元々、現在お寺がある場所には戦国時代、「平吹城(ひらぶきじょう)」というお城があり、朝倉氏の家臣であった「佐々布光林坊(さそうこうりんぼう)」一族が親子(掟運・掟俊)70年間に渡り、居城していました。

しかしながら、当時勢力が活発であった一向一揆によって攻め滅ぼされ、

平吹城は焼け落ちてしまいました。そのあと、佐々布光林坊の縁者であった「千如院日栄上人」によって建てられたのが「掟光寺」です。

 

 現在ではお城の城壁跡や庭園の一部が現存しているのみですが、庭園は

一文字流石組」でできた庭園であり、当時の面影を見ることができます。この石組はすでに「掟光寺にしか残っていないそうです。

 

 このお寺は元々「浄光寺」という名前でしたが、1598年の太閤検地で当寺にお役人が長期滞在した際、その御礼として当時御法度であった使用禁止文字「掟」の字を特別に使用すること許可されたため、全国の日本寺院で唯一の名前「掟光寺になりました。

 

 当寺は「日野山(ひのさん)」と呼ばれる山の麓にあり、この山は形が綺麗なことから「越前の富士山」という意味で「越前富士」と昔から言われています。苔や木々が生い茂り、日野山の湧き水が溢れだす「の豊かなお寺」です。

 

 

 

どうぞお気軽にご来山下さい! 

 

※さらに詳しいことが知りたい方は「掟光寺の歴史」へ。